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こうしたメディアにおける「タブー」について著者は次のように述べています。
メディア・タブーは、共同体の必然でもなければ、所与のものでもない。暴力による威嚇、激しい抗議や当局の介入、あるいは経済的な圧迫など、物理的圧力にメディアが恐怖を感じ、過剰な自主規制に走った結果なのだ。だから、メディア・タブーにはそれを生み出した極めて直接的で具体的な理由がある。(23p)そして近年その理由が忘却され、思考停止的に「タブー」が広がっている状況を著者は憂慮しているのですが、まずはこの本でとり上げられている幾つかの事例を紹介します。
まず、「皇室タブー」に関しては、1950年代までは戦後の自由な空気もあって非常にゆるい状況でした。ところがそれが一変するのが1961年の「風流夢譚事件」(嶋中事件)です。
この事件は深沢七郎の小説『風流夢譚』の中の皇太子や皇太子妃の殺害を描いた部分が「不敬」であると抗議を受け、さらに小説を掲載した『中央公論』の社長宅に17歳の少年が押し入り夫人とお手伝いさんを刺してお手伝いさんの命を奪うという事件でした。
この暴力に対して、被害者の嶋中社長が新聞に「お詫び」を発表、これをきっかけに出版業界の自主規制が始まります。
この「暴力」というのは圧倒的に「効く」もので、著者も『噂の真相』時代に右翼から暴力を振るわれた恐怖を語っています。このとき著者は全治三週間の骨折という怪我を負いますが、何よりも大きかったのは、このあとも続いた精神的な恐怖だったといいます。”