“アメリカのパロディの事例(「The Wind Done Gone」)と、このフランスの事例を比べると、真面目さと不真面目さの落差がものすごくて、くらくらする。
パロディというのは本来 原作を茶化したりからかったりする側面があって、そうした「批判としてのパロディ」がふざけて見えるのはある意味 当然だったりする。でも、これは自分も経験あるが、日本の同人の人たちは「パロディ」という言葉を、オリジナルにあこがれ、同化したいという意味合いを込めて使ったりする。超シリアスな「The Wind Done Gone」も、超いい加減な「ジャングルの恥タルゾン」も、「原作への批判」「原作者を怒らせる」という点では共通している。それで裁判にもなるが、彼らはたぶん訴えられることも十分想定して作品を発表していると思う。マッド・アマノ裁判の場合、「原作への批判性」ってほとんどなかったんだよな。アルプスの山肌にスキーヤーが描くシュプールの上にでかいタイヤが転がってくるというナンセンスさが作品のポイントで。
アメリカやフランスに比べて、日本はパロディの敷居が高すぎるんだよなあ。二次創作でたわむれてる人たちを見てると、こういうのが認められる方が正しいと思う一方で、著作権侵害の最高刑が懲役 10年・罰金1000万円というのを思い出すと、危なっかしくてはらはらする。アンビバレンツなんだな。
まあパロディの明文規定がない一方で、「お目こぼし」の度合いも大きくて、コミケの同人販売がほとんどフリーパスだったりする。基本はなあなあ。でも権利は権利者側ががっちり握る形。まあでも、やっぱり何らかの形で法的な保証を求めていくのが正しいな。なあなあというのは、結局「お情け」だし。ただ、パロディの王道は「エロ」だけど、公式に道が開けるとすればとりあえずそこじゃないなw”
— Tristan_Tristan (Tristan_Tristan) on Twitter (via tsuda) (via yamato)