A Planet Named Shayol

alephactual:

Mockup of the DARPA A-10 UCAS project.


As if the A-10 Airframe wasn’t terrifying enough.

20111103:

ドイツ少女団の体操着ってはいてないと思う

20111103:

ドイツ少女団の体操着ってはいてないと思う

2dicon:

[drawr] 霧都れいる
【作用】 日本酒とコーラを混合させた結果、まったく想像を越えた風味と深い味わいをもった、新しい種類のアルコール飲料が発明された。色はコーラ色。くちあたりのさわやかさも、コーラ並みである。従って老若男女の口に親しみ易い。同時に、コーラには無い日本酒の深い味わいがある。もちろん酔う。酔い方の新鮮な驚きは、まさにシュールレアリズムの世界である。ちりちりした抑制された酔い心地が持続して味わえる。一般にアルコール飲料は睡眠作用があるが、カフェインを多分に含んでいるコーラの方は反対に覚醒作用があり、両方を同時に摂取することでまったく新しい、しかし本当は、忘れていた懐かしい感覚を体験することができる。それは、光と影のはざま、虚と実のはざま、魂と肉体のはざまの感覚である。あるいは、たそがれと夜明け前の同時進行であり、皆既日食を見る感覚である。

酒コーラ (via shinobixx) (via nemoi) (via gkojay) (via hiroma20) (via gutarin) (via glasslipids) (via amenokg)

リンク先見てさらにワロタww

(via odakin) (via ibi-s) (via yashlu)
letsbuildahome-fr:

Extreme Architecture
The Pont du Sart is a navigable aqueduct in the West of Belgium

letsbuildahome-fr:

Extreme Architecture

The Pont du Sart is a navigable aqueduct in the West of Belgium

555 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2011/02/22(火) 20:37:14.97 ID:5A9t2UuY0
・アマゾン川は1㎞流れても4㎜しか標高が下がらないこと
・若槻千夏は元レースクイーンで4人組で歌を出している。
・イカの墨にはアミノ酸が含まれているのでパスタに混ぜて食べれるけど
タコの墨にはアミノ酸が含まれていないのでパスタに混ぜるとまずい。
・ほりえもんは東大だけど、理系ではなく、哲学科OBだということ。
・中国の人口は約10億。で、この全員が椅子を持って海岸に一列に並び、
いちにのさんで一斉に椅子に腰掛ける。すると約5000万トンの荷重がかかり、
大地震が発生して高さ数百mの津波が巻き起こる。これは日本列島を押し流した後太平洋を横断し、
アメリカを一撃で海の底に沈めてしまうそうである。ただし、同時に大地震のため中国人も全滅する。アメリカ国防総省のスーパーコンピュータがはじき出した結果である。
・空を飛ぶイカがいる
・#はシャープではない(シャープは♯)
・バレンタインにチョコと言い出したのは日本ではない ただしお菓子屋の陰謀なのは事実
・ちびまる子ちゃんの丸尾くんと、ガンダムのカミーユの声優は同じ
・宮城の仙台空港は名前こそ仙台だが住所は岩沼市、しかし実際にある場所は名取市である
・ミスターポポの戦闘力は1080。ピッコロ大魔王の戦闘力は230
・板垣退助が「板垣死すとも自由は死せず」と言ったことは一度もない。「吾死スルトモ自由ハ死セン」と言ったことならある。そして、暗殺で死んだと思われがちだが、刺されたけど死ななかった。
・天は人の上に人を作らずという有名な文句は、平等を謳ったものではない
テレビでは特定の宗教のお経を放送できないので、アニメ制作会社の東映さんがつくった
[drawr] すこっち - 2013-05-25 17:07:21
[drawr] モー助 - 2013-05-25 16:28:34
[drawr] α - 2013-05-25 15:45:24
軽い筆致で書かれているが、本書は現代社会の極めて重大な問題を提起している。
それは標準化された「幸せ」の形式を盲信することの危険性である。
著者はそれを「魂の植民地化」と呼ぶ。
「エリートとの結婚」、「郊外の一戸建て」、「年に一度の海外旅行」などなど。
標準化された「幸せ」の強迫は、それを手に入れていない人だけではなく
それを手に入れた人をも不幸にしている。
[drawr] 平 - 2013-05-25 14:30:51
さて。だけど、ほんとうに一番知りたいのは、ふつうの女性たちが着ていた服装の色調だ。
 こういうのだって、昭和12年に日中戦争が始まって国内に統制が広がると、地味を強制されるようになり、けれど、いたたまれなくなったのか、16年にはまた華やかな色合いが流行していたらしくもある。それがまた18年夏には染料の生産そのものを制限して、色調がきわめて絞られてしまったようだった。だとしても、その頃に作られた布地なんて、もう配給難で一般にはなかなか回ってこなくなっている。
 じゃあ、何色にすればよいのか、ふつうの女の人たちが着ていたものは。当時のふつうの布地はどんな色に染められてたのだろうか。